サルバドール・アジェンデ 団結の博物館と遺品たち

サルバドール・ギジェルモ・アジェンデ・ゴスセンス(Salvador Guillermo Allende Gossens)は、彼自らがその命を絶つまでの1,043日間、チリ大統領を務めた。1970年11月3日、選挙によって成立した世界初の社会主義政権は「反帝国主義」「平和革命」を掲げ、民衆から大きな支持を得た。西側諸国による経済封鎖や富裕層・中流階級によるストライキ、アジェンデ政権自身の経済対策への失敗がありながらも、労働者は団結をし、揺るぎない支持をアジェンダに対して表明していた。その姿はチリ国内の保守層、多国籍企業、そしてアメリカ合衆国政府には疎ましく、排除すべき対象として写った。

 

1973年9月11日、
アウグスト・ピノチェト将軍ら軍部による軍事クーデターはモネダ宮(大統領官邸)を徹底的に破壊しただけでなく、アジェンデ大統領の命、チリの民主主義、国民の人権をも奪うこととなる。
このクーデターの背後にアメリカ合衆国政府による全面的な支援があったこと、クーデター以降の恐怖を伴う独裁政治においてもこの国の関与があったことは周知の事実である。

彼は死の直前まで国民を励まし語りかけるのである。
「チリ万歳、  人民万歳、  労働者万歳」と。

 

アジェンデ大統領の遺品
(サルバドール・アジェンデ 団結の博物館:Museo de la Solidaridad Salvador Allende)

 

アジェンデ大統領最後の言葉はこちら

1 Comment

  • miyachan 01/21/2019 at 12:29 AM

    キューバ革命から11年、ゲバラの死から3年。チリにサルバドールが出現した時の空気感を思う。熱気溢れ救世主の出現とチリ国民は感じていたのだろうか?
    昨日、ゲバラの生まれた昭和3年(1928年)と同年の方と焼酎飲みながら話込んだ。その方は、1970年の熱気を肌で感じておられるかも知れない。当時、ゲバラの故郷にお住まいだったのだから。

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