フェルナンド・ボテロ: コロンビアが生んだ鬼才

学生時代、私は第二外国語としてスペイン語を選択、履修した。教授がラテンアメリカの地域研究を専門としていたこともあり、彼女は授業中、スペイン語文法だけでなく、ラテン諸国の文化、習慣など興味深い情報も提供してくれた。ラテンアメリカ諸国には各々異なった文化と歴史背景がある。更に各々が時には意思を結集し、時には熱い議論を戦わせる。大きいアメリカと各々のアメリカを知ること、これこそラテンアメリカを楽しむ醍醐味であり、それ故私は彼の地へ向かうのである。

少し話がそれてしまったので話を戻そう。2011年5月、私はコロンビアへ向かった。コロンビアへの渡航目的の1つに大好きな芸術家フェルナンド ボテロ(Fernando Botero) の美術館を訪れることがあった。
彼の作品については別途ここでご紹介するが、彼の人柄を今一度確認しておこう。

 

 

ボテロとは

フェルナンド•ボテロは1932年にコロンビアで生まれた。彼はラテンアメリカの奇才を放つアーティストとして世界で名が知られている。幼い頃は出生地であるメデジン(Medellin) で過ごし、闘牛士学校に入学した。しかし、彼の芸術に対する熱い思いは、その学校での進学をいとも簡単に辞めさせるものとなった。16歳の時には初の展示会で彼の作品が公に出ることになる。とは言え、このときの展覧会には地元の画家たちと共同での出品であり、その一方で彼はこの時すでに新聞の挿絵画家としての職を持っていたことを付け加えておこう。彼の作品のみを収めた展示会としては1950年にボゴタにあるレオ・マティス・ギャラリー(Galería Leo Matiz)で開催された。ボテロは1952年スペイン マドリードのサンフェルナンド・アカデミー(Academia de San Fernando)で学び、フランシスコ・ゴヤ(Francisco de Goya)やディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)の影響を多分に受ける。メキシコへ渡航時に後の彼のスタイルとなる「ぽっちゃり」画法をあみだし、そしてそれ以来彼はその技法に磨きをかけるとともに、世界中で高評価を得るようになっていくようになる。

 

 

ボテリスモ

コロンビアのどの地域においても、ボテロの作品に出会うことができる。そして、我々は「この作品は、ボテロのものかなぁ」などと心配せずともそれが、彼の作品だと認識することができる。それこそまさにボテロによってボテリスモ(ボテロ主義)に則り創られた作品だからである。彼の作品はその全てにおいて、過大表現が用いられ、誰が客観的に見ても各々の対象は「太っちょ」なのである。ボテロ故、ボテッろ(失礼!)といったところだろうか。一般的に彼はその作品を通じ、ユーモアと政治への風刺を伝えていると考えられている。とは言え、彼からするとそのぽっちゃり作品はあえて作られたものではなく、

芸術家とは理由など考えることなくある形にひきつけられるものである。直感を信じてみてはいかがだろうか。なぜって、作品を見た人がそれに意味を与えたり、解釈を単に後からしているだけ

であり、容姿が太っちょというよりも、その対象が持つ官能性や厚みそのものを追求し、表現したら大きくなってしまった、ただそれだけなのである。

 

ボテロの作品

ボテロの作品はコロンビアに行かないと見られないものかと言われれば、答えはNOである。世界の多くの都市で見られるし、たとえばバルセロナでは彫刻の猫に、アルメニアのエレバンではローマ兵を、更にはイェルサレムでは馬に乗った男の像に出会うことができる。ボゴタにあるボテロ美術館では123体の傑作が見る者を楽しませ、時を忘れてしまうほどだ。

 

(ボテロ美術館/ボゴタ)

 

ボテロの作品に興味がありますか?後日彼の作品をもっとご紹介しますので、お楽しみに。

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